Egoisten  ゲーム、マンガ、映画、時々ねこ

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スポンサーサイト :2011.03.30 Wednesday  

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仕事漬け :2011.02.13 Sunday  

仕事は好きだ。
家に帰ってもやれるし、ある程度ならプライベートも犠牲にできる。

でも最近は少しきつい。
単純に休みが少ないからだけど、それでも俺より頑張っていて、なおかつ仕事も出来ている人は大勢居て、そいつらに比べて俺はどうなんだろうと思ったりもする。
ギリギリのところで戦いたくてこの仕事に就いて、ギリギリを軽く凌駕する熱意とやる気と才能を持ち合わせた奴らと戦うには、どうしたら良いんだろうか?

弱気になってるだけなのかもしれないがら、今一度自分を見つめ直さないと、空中分解して粉々になって跡形もなく崩れ落ちて泣きながら這いつくばるくらいの自分しか想像できない。

結局、勝ち負けだ。
勝敗もあるし、結果なんて出した奴が偉い。
そして勝負に引き分けが無いのなら。
常に勝つ以外、戦う術はもはや無い。




全部懸けてから言いなさい :2011.02.13 Sunday  

「ちはやふる」にはまって昨日10巻まで大人買いした。
百人一首についての熱い少女漫画。
羽海野チカに通ずるものがある作家だと感じました。
最近、女性作家の、感じ入り方に、その深さと綴り方の丁寧さ、正確さに少し嫉妬することがあります。
もちろん、柴田ヨクサルみたいなぶっ飛んだ、魂を打ち付けるような描き方も大好きなんだけど。

それがそこにある自然さというか、非日常ではないとおもわせるその親密さは、やはり女性の感性は優れているような気がするのです。
突き放す強さではなく、そばにいる強かさというか。
俺も欲しいなぁ。

それはそうと。
休日出勤上等、泊まりも発生するというなかなかに劣悪な環境になってきましたが、向き不向きや弱音や逃げ腰な態度は、全部ぶつけ切ってから言おうと、ダメだったら考えようと、思うことにしました。
イライラすることも多いけど、まだ出し切っていないし、何か違和感があるので、ここが正念場だと思います。

ビジョンが、何よりも大事。
忘れないようにしないと。




クリスマス :2010.12.26 Sunday  




マーブル :2010.12.16 Thursday  

昔、いろんな色の絵の具を水の上に落として、その上に紙を置いて、マーブルな模様を作ったことがあった。
それぞれの色は線となって、互いに互いの周りを巡っていた。混ざらない混ざり方に凄く心惹かれた。

そういうものに、物凄く心惹かれる。
混ざりきらないもの。
かといって孤立しないもの。

関わりながらも、すれすれで保たれる個の健気さや、ギリギリで混じり合ってしまった危うさに、心がひっぱられる。
複数の曲線の偶然は、互いに生きていることを思わせてくれる。

混ざり切れないことにも、個として独立しきれないことにも、寂しくて悔しくて涙が出そうになるくらいに苛立つことがある。

でもだからこそ、この偶然の色合いが出ることを知っていて、やっばりそれはなによりも綺麗だと感じる。




物憂げな猫 :2010.12.16 Thursday  

物憂げな猫は、いつも塀の上の決まったところにいて、黒い帽子をかぶった人が通りかかった時にだけ、小さくにゃあと鳴く。

物憂げな猫は、あまり人になつかなくて、優しいおばさんに煮干しをもらった時にも、くわえて走りさってしまう。

物憂げな猫をじっと見ていたら、つまらなそうに鼻を鳴らして、塀の向こうの空き地にいってしまった。そこに入るための扉には頑丈な南京錠がかけてあった。知り合いの誰もそこには入ったことがなく、また入りたいとも言わなかった。

物憂げな猫は晴れた日にはまぶしそうな、曇りの日にはさらに物憂げな顔をしていた。雨の日には姿を見せなかった。

物憂げな猫が、今どこにいるか、ぼくは知らない。
空き地の中にいるのかもしれないし、どこかに行ってしまったのかもしれない。もしかしたら、年老いて死んでいるのかもしれない。

物憂げな猫は、寂しげでも悲しげでも無かった。ただ物憂げだった。何かが足りないけど、それが足りないことも、この先足りることも無いだろうと分かっているかのようだった。

物憂げな猫はもういない。
ぼくはこれからも、悲しくなったり寂しくなったりするだろう。
でももう、物憂げな猫はいない。




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